2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

動き出した歯車(その3)

恐れていた事が起こった。

今までは絵や写真といった、二次元でしか知り得なかったものが、今回は3次元、
しかもすぐ側にあって、手を伸ばせば容易に触れることのできる距離だ。
しかも、本人に直接確かめる事ができると言うのは、あいつにとって、魅力万点、
情報を取って取っても尽きる事の無い魔法の泉のようなものだったであろう。
あいつ本人にその自覚は無いのかもしれない。
しかし、それは傍から見ればあいつ、伊藤香織が中川先輩に猛烈なアタックをか
けているようにしか見えない。
既に学校の噂の中では、あいつの彼氏は俺ではなく、中川先輩になっていた。

「田川君!」
ある日、俺は女生徒の一人から呼び止められた。
そいつは俺と同じクラス、そしてあいつと同じ女子バスケ部の人間だ。

「あんたさぁ、香織のことどう思っているの?」

「はぁ?」

「はあ、じゃないよ。うかうかしているとね、香織、本当に中川先輩に盗られ
ちゃうよ?」
「先輩て、もてるじゃん、経験も多いから女の子のあしらいも上手いんだよね。」
「だから、先輩に近づいた女の子は、大概先輩に夢中になっちゃうの。」
「でもね、先輩の恐ろしいところはそれだけじゃないんだよ。」


そいつの言うには、
異常に手が早く、目をつけた娘をあっと言う間に堕としてしまう。
実際に堕とされた娘は、校内・校外含めて両手では足りないらしい。
飽きると、他の仲間に「玩具」として与え、輪姦させる。
その割に被害が明るみに出ないのは、
・被害者である筈の女の子が先輩を庇って訴えようとしない。
・凄腕の弁護士がいて、(先輩はかなり良いところのお坊ちゃんらしい)多額の
 慰謝料でもって強引に示談にさせてしまう。
というものだった。


「だからね、あんたも4組の遠野景子になんかうつつを抜かしていると、本当に
足元すくわれちゃうんだからね。」

「遠野景子は関係ないだろ……

「とにかく、警告したからね!」
「大切な彼女が汚されてボロボロになるのが嫌だったら、香織の事、しっかりと
繋ぎ止めておきなさいよ。」

俺が言うのも聞こうとせず、そいつは行ってしまった。
俺に焦燥感だけを与えて。


ところで、遠野景子についてである。

話は、入学当初に遡る。
我が校は、結構学内の設備・備品等が充実していて、しかも授業・研修・クラブ活動等で
使用していなければ、管轄する先生に言うだけで自由に使用できる仕組みになっている。
この制度は、俺にとって大きな恩恵だった。
前に言った通り、俺はプロのピアニストを目指して諦めたのだが、その際、家にあったグ
ランドピアノを売ってしまったのだ。
無理も無い。家のローンも残っている上、あんなでかいものを、さらにローンを組んで
買って置いていたのだ。
俺がプロになるつもりが無いなら、ただ邪魔なだけだ。
かくして、今、俺の家には電子ピアノ(しかも中古)が置いてあるだけだ。
俺は、生の良い音色に飢えていた。
最近はデジタルピアノも本物に遜色なくなってきたといわれるが、実際に弾いてみると、
やはり何かが違う。
音の深み、或いは艶が違うのだ。
ピアノの先生の処で弾けるじゃないかと言われるが、先生の処で弾けるのは課題曲だけだ。
やはり、自分の弾きたい曲を良い楽器で思う存分弾いてみたい。

渡りに船だった。

早速、音楽の教師に話をしてみたところ、音楽室は火、木曜日に合唱部が使用する以外
特に使っていないので、使用してよいとの事。
そこで、俺は音楽室のピアノを借りることにした。


俺が音楽室でピアノを弾き出すようになって、一週間ほどたった頃だった。
その日の分の演奏を終えて鍵盤の蓋をし、楽譜をまとて帰ろうと振り向いた時、
「「ひっ!「きゃっ!」」
無防備な目にに何かの物影が飛び込んできて、思わず大声をあげてしまった。
そして、数秒間の沈黙の後、
「「ごめんなさい!!」」
見事に両方シンクロ互いに「御免なさい」をしてしまった。
「ぷっ……!」
ちょっと高めの、愛らしい声が聞こえた。
その声に吊られて目線を上げた俺の目の前に、


天使が立っていた。


「可愛い……………」

俺の視線は、その娘に釘付けになった。
そっと、胸元のネームプレートを見た。
1年をあらわす色、そして、『4組 遠野』とある。
そうか、同じ一年生にこんなに可愛い娘がいたんだ。
あいつ(香織)も我が校の中ではトップクラスの可愛いさだと思うが、この娘の可愛さは
とてもそんなレベルではない。
アイドルタレントと比べても遜色は無い。むしろ、生で見る分この娘の方が上だ。
髪は黒髪、背中まであるその長い髪は、まっすぐで、絹のような光沢を放っていた。
無論、枝毛や髪の毛の跳ねなどひとつもない。
顔は小さく、その中にぱっちりとした二重瞼と黒い大きな、吸い込まれそうな瞳。
鼻は高くなく低くなく、それでいて一本線を通したように筋が通っていて、尚且つ柔らか
な曲線を描いている。
その下には、愛らしい唇が、艶やかに光っていた。
背は、香織よりやや高く、165~6cmくらいか。
手足はどこまでも細く、長く、しかも節くれだったところは一つも無い。
完璧だった。
本当に、この娘はこの世の生き物なのかと思った。


「あ、あの…

「ひゃい?!!」

急に呼びかけられて、声が裏返ってしまった。

「ぷっ……!」

また笑われてしまった。恥ずかしい。


「あ、あの、ごめんなさい。」
「別に、驚かせるつもりは無かったんです。」
「ただ、この間からよくピアノの音が聞こえてきて」
「誰が演奏しているのかな と思って、見に来てみただけなんです。」
「邪魔………でした?」

「いや、別に。丁度帰ろうかと思って、振り向いたら人がいたんで、びっくりしただけだ
よ。」

彼女は「ほっ」と息をついて、
「よかった。」と言ったようだった。

「あの……ピアノ、上手いんですね。」

「そんな事ないよ。俺なんかより上手い人は大勢いる。」

「そんな事ないです。上手いです。特に最後の曲、私好きです。」
「何か、暖かくて、まるでお母さんに抱っこされてるようで。」

ドキン!、と心臓が鳴った。
この娘、あいつと同じような事を言っている。

「あの曲、なんて言う曲なんですか?」

「ああ あれは、リストの『孤独の中の神の祝福』って言ってね………

彼女は、俺の話を興味深そうな顔で聴いていた。


帰り際、

「また、聴きに来てもいいですか?」

彼女は訊いてきた。

勿論、こんな可愛い娘の申し出、断る理由はない。
二つ返事でOKし、その日は別れた。

これが、彼女 遠野景子と初めて会った日のことだ。
その後、俺がピアノを演奏し、彼女が聴き、その後その曲のことで少しお喋りをする、
そんな日々が続いていた。
無論、お喋りをしない日もあったし、彼女が来ない日もあった。

それだけだ。
彼女にうつつをぬかしているだなんて、断じてありえなかった。



その日は、丁度空手もバイトも無かったため、音楽室でのピアノが長引いて夕方遅くなっ
た日だった。
薄暗い帰り道にあいつの背中を見つけた。

「香織―――――。」
一緒に帰ろうと思い、声を掛けたが返事が無い。

「おーーい、香織。」
もう一度呼んだが、やはりダメだ。
小走りにあいつに近づくと、声を掛けつつ、脳天にチョップを喰らわせる事にした。

「香織ぃ。」
ペシッ

「あいたっ!!!って、ひろクン、なにすんのよ!」

「いや、何度声を掛けても返事が無いから。」

「え?……あ、ああ、そうだったの、ごめん。」

何か様子が変だ。

「何かあったのか?」

「う、………ううん、別に、」

「そうか、一緒に帰ろうぜ。」

「……………そうだね、帰ろう。」


しばらくすると、時折
「ぷぷぷっ、くくっ」
「へへっ」
と笑い声がする。

「おいおい、思い出し笑いかよ。」
「気持ち悪いな、何か良い事でもあったのかよ。」

「だから、別に…………ぷぷっ」

「先輩の事だろ。」

「判った?」

「今のお前に良い事っていやあ、先輩の事しかないだろ。」
「何かあったのかよ。」

「いや………さ、この間、先輩の誕生日にちょっとした贈り物をしたんだよ。」
そんな事したのか、聴いてないぞ。
ますますやばい。
「そしたらさ、先輩、『そのお礼に』とか言って、映画を観に行こうって誘われたんだ。」

ちょっと待て、それって『デート』じゃないか?

まずい
やばい
だめだ
それは
絶対に
阻止しなければ。


もう、あいつの熱が収まるの待っているわけには行かない。

俺は、思い切ってクラスメートから聴かされた話をあいつにした。


「で、ひろクンは、私にどうしろと言いたいわけ?」

あいつは、明らかに怒りの表情を見せていた。

「いや、だから今言ったことが全てだ。」

「あのねぇ、やきもちも少しなら可愛らしいけど、そこまで行くとみっともないよ。」

「いや、俺はただ言われた事だけを………

「じゃあ、証拠ある?」
「他の人からも訊いて、裏付けは取ったの?」
「まさか、その人の話だけで、こういう事言ってるんじゃないでしょうね。」

その通りだ、返答できない。

「先輩は、そんな人じゃないよ。実際話してみれば判る。良い人だよ。」

「あたりまえだろ、喰っちゃおうとしているのに、そんな欲望剥き出しで近づくわけないだろ。」

「あのねぇ、ひろクン、私 先輩だけでなくて他の色んな人から先輩のこと訊いてるんだよ。」


「ひろクンよりは先輩に関する情報はいっぱい持ってると思う。
「だけど、そんな話、ひとつも聞いたこと無いよ。」
「そりゃ、手が早いって言う話はちらほら聞くけど。」

「そら見ろ。」

「だけど、少なくとも、そんな「玩具にしたり」だとか「強姦したり」だとか言う話は聞
いた事ないよ。」
「それとも、ひろクンは、私の知らないルートから、確実に信頼できる情報を入手した、
とでも言うの?」

とてもそんな話ではない。

「心配してくれるのはありがたいけど、根も葉もないデマを信じて他人を中傷するなんて
最低だよ。」
「そんなひろクン、私、見たくない。」

それからの道のりの最中、あいつは一言も口を利かないどころか、目線一つよこさなかった。
完全に失敗だった。
いや、それどころか火に油を注ぐ形になってしまった。

あいつを、先輩に盗られないようにする手段は、全て尽きたような気がした。

ど お す れ ば い い ん だ 。

俺は言い様の無い不安感に包まれていた。


ここ2、3日書ける時間があまり取れず、進捗が悪くてすみませぬ。
本日分、短いですけど、投下します。
(1)
土曜日、
あいつと先輩のデートの日。
俺は、空手の稽古にも、アルバイトにも、全く実が入らなかった。
空手では、ぼーっとしている所に先輩の蹴りがまともに鳩尾に入って、気絶してしまった。
(あとで、師範に散々絞られた。)
アルバイトでは、つり銭計算を何度も間違え、結局店長から強制的に時間前に上がらせられた。

何で俺はこんなところでこんな事をしていなきゃいけないんだ。

ただ、俺は焦るばかりだった。
できるなら、今日は空手もバイトも休んで、あいつの後を尾行ていきたかった。
あいつの携帯に電話して、どうなっているのか確かめたかった。
もし、先輩があいつに不埒な事をしようものなら、飛んでいって拳をお見舞いしたかった。
だけど、尾行ているのがばれたら、
二人の間に何も起こらなかったら、…………
俺は、絶対あいつに嫌われる。
それだけは避けたかった。

あいつの事、好きだった。
ずっと側に居てほしかった。
だれにも渡したくなかった。

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

最近のトラックバック

アクセスランキング

アクセスランキング ☆ランキングの参加は、このページ
http://saeta.blog.2nt.com/
にリンクするだけです☆

ブロとも申請フォーム

お知らせ

(*´Д`)<ハァハァ・・・・・・

かんりにん:(*´Д`)<ハァハァ・・・・・・
相互リンクも大歓迎です。
気に入ったらどんどんリンクしてください。

コメント欄にでも知らせてくださると嬉しいです。

ブログ内検索

注目

ページの先頭へ戻る